これまでにBookscanに依頼してPDF化してきたもののファイルサイズは平均89.7MBでした。読むには十分な品質ですが、最初から電子出版されたものには及びませんし、ファイルサイズは数十倍の大きさです。いわゆる「自炊代行」は電子出版と競合も、電子出版を圧迫もしないでしょうし、電子出版されない書籍のための代替手段として、主ではなく従のポジションで、電子読書を促進する一助になるでしょう。
■Bookscan後のファイルサイズ
蔵書の電書化や携帯を考えた時、気になったのはファイルサイズでした。とりあえず「Bookscanを利用してみた」ところ、数にして118冊のスキャンPDFが貯まりました。Bookscan製という一定の品質でのスキャンで、この数があれば、バラつきを考えてもそれなりの参考値になるかと思います。
まず、スキャン後のサイズは次のようになりました。OCRオプションあり、つまり透明テキストがかぶせられたPDFファイルになっています。
- 全118冊:10.3 GB(10,590.2 MB)
- 1冊あたり:89.7 MB
次に、実用レベルと評判のチューニングラボによる「iPhone/iPod touchチューニング 1.0β」後のサイズ。Bookscanの説明によれば「ファイル容量圧縮、余白除去、解像度最適化、文字くっきり処理」が行われており、実際のファイルを見ると透明テキストは外されているようでした。
- 全114冊:2.4 GB(2,466.6 MB)
- 1冊あたり:20.9 MB
対象となった本は、「グランズウェル」や「ウィキノミクス」といったハードカバーが中心ですが、「デザインする技術」や「プレゼンテーションzen」などのフルカラーの大型本、「『みんなの意見』は案外正しい」などの文庫、「クラウドソーシング」や「災害とソーシャルメディア」などの新書も入っています。もう少し知りたければ、Booklogのスキャン済リストにはBookscanされたものが少なくありません。(注意:Bookscanではないものも含まれています。ムダな反自炊代行業者的粗探しはしないように。)
■自炊代行PDFと電子出版PDF
BookscanされたPDFは、検索可能(OCRオプションを選んでいれば)で、十分に読書を楽しむに足ります。
例えば右の写真は、プレゼンテーションZenの102ページを125%に拡大表示したところです。写真は多少のあらが、特に色の再現性の面であって写真集や画集を楽しむには堪えませんが、通常のカラーページを読むには十分しょう。私は普段は、この本の場合で80%ぐらいの縮小表示か、100%表示で読むので、もう少しあらは気にならなくなります。逆に図表の細部を拡大表示することもありますが、このページで言えばスケッチ中の文字を読むのに400%に拡大しても大丈夫でした。
一方で、この品質のためにPDFファイルのサイズは118.1MBになりました。品質からすれば妥当なサイズかもしれないのですが、しかしパブーで買った「キュレーションの時代」はPDF版で1.1MB、ePub版は459.1KBです。もちろん全文検索でき、OCRの認識ミスも、画像(表紙にしかありませんが)のあらもありません。
PDFは電子書籍は、パソコンやタブレット、スマートフォンなどで読むものです。ファイルサイズは、これらの端末にファイルをコピーする時間にも、これらで開く時間にもそしてページをめくって行き来してといった読んでいる途中の快適さにもかかわる部分です。自炊代行業者がいることで、私たちは電子出版されていない書籍をタブレットなどで読むことができますが、自炊代行業者しかいないことで、読書の手軽さをある程度諦めているのだと思います。
「キュレーションの時代」は紙書籍として買えば945円で、パブーで買えば700円です。私がもし、先に紙書籍で買っていて、250円(スキャン+OCR+ファイル名変更)でBookscanにPDF化してもらうか、パブーから電子出版版も買うかと言われたら、悩んだ末にパブーを選ぶでしょう。500円だったら、悩みません。筑摩書房が、紙書籍購入者には200円でPDFダウンロードをと言ってくれれば飛びつきます。
■自炊代行業者は電子出版者の下地を整える
単純にPDFとして見た時、自炊代行業者の作成するPDFは、最初から電子出版された場合のPDFに比べれば著しい劣化版です(Bookscanのサービスは高品質ですが、そもそものスタートラインが違います)。それでも自炊代行業者が大切なのは、次の理由によります。
- 紙での読書には、出版されているものであればすべての書籍が読書できるという「読書家にとってのあたりまえ環境」の下地がある。
- 電子読書には、出版されているもののうち一部しか読書できないという「読書家にとってのあたりまえ環境」の欠落がある。(新刊本は、電子出版の方が採算ラインが下がりすべてが電子出版されるようになるまでは変わらない。既刊行物を含めたら、永遠に変わらない。)
- 自炊代行業者は、電子出版されていない書籍も電子読書にできるようにし、「読書家にとってのあたりまえ環境」を補完する。
この「読みたい本を読める」という「読書家にとってのあたりまえ環境」は、電子出版にとっても大切な条件だと思います。読書家が電子読書をあたりまえと考えてこそ、今の紙出版と同じ市場規模を電子出版は手にすることになります。そしてその市場に自炊代行者製のPDFが出てきても、電子出版者製のコンテンツと争ったら敗退します。海賊版が出回ったとして、他のデジタルコンテンツの海賊版と異なって、コンテンツの質が劣化してるだけではなくさらに数十倍「重い」のです。額面価値が低いから「悪貨が良貨を駆逐する」というシチュエーションとは違うのです。
もちろん自炊代行業者の作成するPDFには、出版社によるDRMなどはかかっていません。海賊版流通の懸念とされるところですが、しかしyomoyomoさんが「チャーリー・ストロスの「Amazonのebook戦略の意味」はもっと読まれてよい」「チャーリー・ストロスの電子書籍とDRM話の続き」などを書いているのを読むと、DRMの必要性なども、認識が変わってくるのかもしれません。またこの中でソーシャルDRMの話が出ますが、私も「ウォーターマークでも漉き込めば済む話では」と考えたことがありますし、実際に自炊代行.comが取り組み始めていたりもするようでした。
先日決着した昨年の自炊代行差止め訴訟は、本当に自炊代行という業界を焼き尽くしたいのか、「いずれ必ず来るインターネット販売のために、既存勢力は準備期間が必要だったということだろう」と指摘される一般医薬品のネット販売問題と同じ構図なのかわかりません。ただ、自炊代行業者の提供するものと電子出版者の売るものは全く違うように思います。電子読書という文化を下地にした、電子出版書籍と電子出版されないものの自炊PDF作成という別の市場のプレイヤー。パイを争う間柄でも、侵しあう間柄でもなく、お互いのパイを広げるために同じ下地を整えあう間柄。
Bookscanを使い始め、電子読書もするようになって、4カ月目が終わろうとしています。私には、電子出版事業者にとって、自炊代行事業者を先行させることは都合のよい露払い、歓迎する相手のように思えます。
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