Wikipediaの「検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」は、言葉の仰々しさのわりに求めていることは結構カジュアルでたいしたことじゃない(はず)、という話。私のWikipedia理解に基づいている話で、もしかしてWikipedianとしてはそんな緩いの許さねーぞ、という話があったらごめんなさい。
まずはイースシリーズに携わられた岩崎さんのブログエントリ「Colorful Pieces of Game::21年前の事を書いておこうと思ったワケ」から。二年近く前の話なのですが、昨日Tumblrのダッシュボードに流れてきました。
WikipediaにイースシリーズやイースI・IIの項目がある。
この項目は、当時を知っていた人間(多分関係者(笑))が書いたと思われる話が結構載っているのだが、昔の話について「文献がない」だのとケチをつけられており、読んでいて悲しくなってしまった。
だいたいWikipediaの主張する検証可能性なんて話を始めると、この当時のゲームを作っていた人間の話なんて、みんな検証不可能だ。ほとんどは口伝の伝説みたいなもんである。検証可能な話と出来ない話は腑分けして「これは検証不可能な話です、もしかしたら嘘かも知れません」と但し書きをつけておけばいいだけで、検証可能性自体が自分たちの可能性を狭めていることに気がつかないのかと言いたくなるが、まあいいや。
当時の「イースシリーズ('10/03/16時点)」「イースI・II('10/03/16時点)」も見てもらったほうがよいかもしれません。特に前者。
で、まず「検証可能な話と出来ない話は腑分けして「これは検証不可能な話です、もしかしたら嘘かも知れません」と但し書きをつけておけばいい」は全面的に賛成。ここそれでも「書いた人について調べる」という手立てが残されるケースでは、そうしたスキームがWikipediaに取り入れられるといいと思います。
と、むかっ腹がたったのと同時に「真実を知っている人間は減っていく」ルールがあるので、1988-89にイースシリーズに関係した人間の1人として、当時の事を自分が覚えている限り、出来るだけ正確に書いておこうというのが、この記事の目的。まあ一度資料として残しておけばweb archvieとかいろいろな形で残っていくだろうし。少なくとも80-90年代のゲーム開発に関する雰囲気を知れる資料程度になればいいなあと思っている。
一方で、こうして身元の分かった人(どちらのページにも岩崎さんはクレジットされている)がブログででも記事にすると、それを参照するという形で「検証可能性のある」「出展の明記された」内容になる。ちょっとメタっぽいけど、「検証可能性」というのは、「検証の糸口がある」ということを求めているという程度で、「検証に耐えられること」まで求めてないと理解をしています。だから、これで十分で、グッドジョブです。
要するに、Wikipediaのスタンスは「Wikipediaは一次情報ではありません。一次情報は他の場所で書いてね」という感じ。Wikipediaのスタンスが「良い」というわけではないですが、「良くも悪くも」最初からそんな感じで、そこを踏み外さないのがWikipediaだと思っておくと、うまくやっていける気がします。

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